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w closet×JUGEM

社会世相

お盆で思ったこと

先日の実家でのウークイで思ったこと。


ついこの前までは子供達がワーワーで騒いでいたのに、今ではもう彼らも学校を巣立ち県外に出たり又は仕事の都合でなかなか全員一堂に会し得ない。


でもおふくろの楽しみは我々兄弟そして孫達とユンタクハータク、ゴーグチハーグチすること。

親父がおふくろを残しさっさとグソーに旅立って早や20年。

おふくろは今年米寿を迎える。思うように身体が動かない分、口は良く動く。  

・・・にしても・・・有り難いことだ。


思えば学生時代は随分親を特におふくろを困らせた。忸怩たる想いだ。


”親になって初めて分かる親心”と言われるが正にそのとおりだと思う。


以前読んだ本でチムアタイして、書斎の壁に張り出して己を戒めている次の言葉がある。

<本当は”子育て”という言葉はないんです。むしろ子供を通して、親として人として多くのことを経験し、子供によって育てられているのです。授かった子供が夫婦の家庭教師です。親を粗末にしている人で成功している人はいません。親に感謝できない人で、職場や社会で人間関係が豊かなひとはいないのです。>  (^_^;)


我々は2億とも3億とも言われている精子の中で、たった一つがその競争の中から勝ち残り、受精しトツキトウカを経てこの世に生を受けた。

(ちなみにトツキトウカで朝という字になる・・・実に面白い。)


ほんの十代も遡れば直系で1024名の祖先を持つと云う?。その時々の彼らが、一寸すれ違うだけで、間違えれば現在の自分は生まれなかったことになる。


有り難いことだ。祖先に感謝。


おふくろが居るから、当たり前のように行事行事の節目ごとに集まる。

ありがとう、感謝します。おふくろさん。来年のお盆もユタシクウニゲーサビラ。 (^_^)v



  • 2009.09.06 Sunday
  • 19:52

空手karate

世界大会雑感 その2

さて、大会が終わって暫く、県民の反応や如何にという事で、新聞の投稿欄等を楽しみにしていた。(小生の購読紙はR新報)


・・・が、期待空しく皆無。 これには流石にがっくりきた。 (-_-;) 


それでは、と実行委員会事務局のウェブサイトを覗いてみたら、7/31の大会組合せ表を最後に未更新のまま。(その後8/24に試合結果は掲載された。)


せっかく海外からも多くの空手マン(ウーマンもおりますが・・・) が来沖しているのだから、もっとウェブサイトをフル活用してリアルタイムに情報発信できなかったものか? 


今回の結果掲載にしても、参加選手のためにもトーナメント一回戦からの結果を載せて欲しかった。(その他大会の様子、選手の声、観戦者の声、画像、動画などなど・・・。う〜んスタッフが大変だな、正直言って。)



空手4団体が形式的とは言え、大同団結して沖縄伝統空手道振興会を創設したのだから、例えば県内両新聞協賛の元に、関係者の座談会を開くとか、上述したウェブサイトを活用し継続発信していくとか・・・。)


要は、一過性のお祭りで終わって欲しくないと言う事だ。確か新聞によれば振興会の設立総会でもそれを謳っていたはずだ。


沖縄伝統空手道振興会に期待されるものは大きい。特に沖縄の若手空手マンの育成は急務だ。


勿論、県のバックアップは必要だろうが、それはあくまでもバックアップであり、今後は振興会が主体となり沖縄の空手界発展のために汗を流してもらいたい。


そのためには、常設の事務局及びスタッフを置き、ウェブサイトも開設し、マスコミにも協力してもらい、情報発信し続けることだと思う。

定期的なイベント、競技会及びセミナーの実施等、沖縄県民及び町道場の協力支援も必要だろう。どんどん声を拾い上げ振興会の運営に反映させて頂きたい。


ともあれ、沖縄伝統空手道振興会と県がタイアップして6年振りの世界大会を空手発祥の地、我が沖縄で開催し成功に導いた事には大いなる賛辞を贈りたい。



追記;

そう言えば8月14日の新聞で世界大会の様子が報じられていたが、同紙面に空手が五輪競技の正式種目に採用されなかったとの記事があった。正直ホットした。個人的にはオリンピックの種目として採用されることには反対である。必ずやJUDOの二の舞を踏む。




 

  • 2009.09.01 Tuesday
  • 23:06

空手karate

沖縄伝統空手道世界大会 雑感

久しぶりのブログ更新です。 

イヤハヤ何とも・・・・。 毎日のようにブログを更新している方は超人ですネ〜。 尊敬します。いやほんとに。 (^_^;)



さて、一寸遅い感もするが、今回の大会について一言。


8月14日から3日間、此処沖縄にて6年ぶりに県主催の世界大会が開催された。

ちなみに、沖縄では結構、各流派・団体での世界大会が開催され、海外からの参加者を含め相当数の空手関係者が来沖している。

昨年は当順道館そして東恩納先生、佐久本先生関係団体の世界大会も開催された。(海外からの参加者は数百名単位になる。)


こうしてみると、その経済波及効果はかなりのものだと思われる。

しかし、海外からの参加者の負担を考えると、今後は県主催の世界大会と各流派団体の世界大会開催については開催年のすり合わせは必要だろう。果たして振興会が音頭をとれるか?)


ところで、今回の世界大会は・・・ (@_@;)


昨年の沖縄伝統空手道振興会の発足、前回世界大会から大分年数も経っていること、知事が開催を公約したこと、又、来年はインターハイ開催もあること等、それやこれやでの急な開催だと推測する。

短期間での準備、当日の運営等、関係者のご苦労は大変なことだったと思う。お疲れ様でした。


結果は本場沖縄の面目躍如で内心ホットしているところである。

今回は当順道館からもシニアの部で我那覇氏が準決勝まで進み、堂々の3位に輝いた。誠に目出度い。 (~o~)


ところで、今回の大会を観戦し幾つか気になることがあった・・・。


先ず、会場の問題。

特に14日の開会式・交流演武会の混雑は尋常ではなかった。

2Fのみの観客席に大会参加者と見物客が混在し、おまけに2Fへの出入りは一箇所のみ。 (@_@;)

アリーナ1Fの可動席は数名のお偉方のひな壇のために利用不可。ちなみにアリーナのキャパは2000席余か?

確か事前の新聞報道では、5千名だ6千名だといっていたような気がするが、ありゃ〜当然の結果だわな。


おそらく関係者の皆さんの危惧が的中したことだろう。常識的に考えて会場は、沖縄コンベンションセンターが妥当か??


もうひとつ15日の競技について・・・。

午前中及び午後頭に型試合予選、それから飛んで準決勝・決勝はプログラム予定では17時から、実際は18時後。


その間、型予選を勝ち抜いた選手に要求される、相反する緊張感の持続とリラックス感。 

余りにも間がありすぎた。

少なくとも、空手と古武道は別の日に競技を行うべきだ。又は、予選と準・決勝を別の日に設定するとか・・・。(主催者の都合は知る由も無いが・・・。 あれでは選手が大変だ。)

見るほうも疲れて大変だ。私は決勝戦を見てすぐ帰った。とても閉会式まで残る気力は無かった。

聞くところによると、閉会式は21時近くまでかかったのこと。おまけに、軍港駐車場は20時にはクローズだったとのこと。 う〜ん。


(続く) m(__)m
  • 2009.08.24 Monday
  • 22:27

空手karate

閑話休題

先日、知人に会ったら言われた。「あんたのブログ見たけど、ガチガチの空手のブログだと思ったのに、何かそうでもないようだな〜」と。

確かにそうだ。

小生、故有ってそうしている。このブログへのコメントも非公開にしている。(尤も殆ど無いのが現状だが・・・ (-_-;) )


ところで、特に沖縄の空手事情・現状などは今後発信したいと思う。

沖縄のマスコミは憂慮すべき現状の半分も伝えていない。大衆受けする話が多い。

肝心の沖縄県民がこの危機的状況を殆ど知らないのではないかと思う。
  • 2009.07.30 Thursday
  • 22:20

偶然?必然?

出会い

人は皆、是までの人生を振り返ってみて、少なくとも一人や二人、影響を受けた人物がいると思う。


   ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪


その頃は、中学に入って初めて我々は英語の授業に接する。

幸いなことに、大学出たてのバリバリの青年教師K氏が小生の最初の英語担当だった。(運よく中学3年間教えて頂いた。)


当時は、例えば、他のクラスの中年の先生の場合、”This is a pen” の
発音が ”ジス イズ ・・・・・” とか ”L と R” の違いも無い、そういう先生も仲良く授業をもっていた時代だった。

そこへアメリカ帰りの(?)超かっこいいK先生が、巻き舌でぺらぺらネイティブ並みの英語を話す。当然のことながら、女子学生にかなり人気のある先生だった。

実際、見た目も良かった。(今は亡きジェームス・ディーンに良く似ていた。)


今でも鮮明に思い出す。

或る日の下校時、校門の前で、夕映えの中、そのK先生と外(国)人の女性が立ち話をしていた。(当時の中学周辺にはかなりの外人住宅が有った。)

そばを通り過ぎながら、単純に小生は思った。


カッコ イイ〜 (*^_^*)


本気で英語に興味をもった瞬間だった。


数年後、R大学に在学中、偶然その先生と再会し暫くは良く飲みに行った。

未だ独身だった。体型も変わり貫禄も付き、ジェームスよお前は何処に?・・・ではあったが。 m(__)m


ところで、事ほど左様に学校の先生の影響は凄いのである。今時の先生方は大変だと思う。確かにトンでもない不祥事をおかす先生も居る。

それでもしかし、素晴らしい職業だと思う。どうぞ、世の先生方、初心忘れず、チバリヨ〜 ☆♪☆♪ 


☆ミ ☆ミ  ☆ミ ☆ミ  ☆ミ ☆ミ  ☆ミ ☆ミ


学生時代から仲の良かったH君と、飲みながら良く話しをしていた。

何か趣味を持ちたい、どうせなら、伝統的な何かが良い。サンシンか空手か? (何故か琉舞は論外だったし、当時はエイサーも盛んでは無かった。)

ある日、彼に「安里の近くに空手道場があるけど、一度行ってみないか?」と誘われた。

初めてお会いした栄一先生は・・・・・・普通のおじさんだった。〜〜〜〜〜〜 と、浅はかにもその時はそう思った。それほどやさしい、例のゾウのような目で話をしてくれた。 m(__)m


・・・結局、彼は入門しなかった。


順道館も他の道場同様、外国にも支部道場がある。交流も頻繁にある。沖縄は外国人との交流が盛んだ。まともな英語かどうかはともかく、日常会話には困らない。特に空手仲間との会話は楽しい。


今の自分が在るのは彼らの御蔭が大きい。

お二人との出会いの御蔭で現在の自分が在る。有り難い。(一番の出会いはカミさんなんですが、彼女のことを言うとマジにキレるんで止めときます)


 
  • 2009.07.29 Wednesday
  • 20:23

空手karate

イタリアでのカメ〜攻撃

(*^o^*) /

初めての海外セミナーが1995年イタリア北部ウディーネ地方の小さな町だった。

当時、その町に定住しているアジアの人は、確か日本人が一人しか居なくて、他には中国人が数名居るぐらいのかなりの田舎町だった。

・・・後で分かったのだが、何とチャイニーズレストランは世界のどんな辺鄙な街にも進出しているとのこと。

ガ━━━━━━∑(゚д゚lll)━━━━━━ン


空手発祥の地、本場オキナワから来たということで、我々は新聞にも掲載され、セミナー主催者の彼らはテレビのインタビューも受け、かなり話題になったようだった。 (●^□^●)ハハ


得意げにインタビューに答えている二人

得意げにインタビューに答えている二人



しかし、招聘してくれたその空手マンに連れて行かれた警察署には正直往生した。

メンバーの一人がポリスマンだったので、気を利かして案内してくれたのだろうが・・・。

美人の警察官に案内されたのは良いが、薄暗い室のテレビモニターを見せられながら、如何に国境からの不法侵入に苦労しているかとか何とか、(と、言っているようだった?)


う〜ん (^_^;) が見えない・・・ ここはモニター室ではありません。
うーん (^_^;) が見えない



ベラベラと専門用語で早口で言われた日には、どうしようも無い。

 (^〜^;)  

今にして思えば、美人警官の顔を見ながら、“Yes, Yes” と、首にカメラをぶら提げ、薄ら笑いを浮かべている眼鏡をかけた典型的な日本人だった様な気がする。

(誰がヨ〜?) (・・・出っ歯で無かったのが唯一の救いか?)


ところで、

イタリアでセミナーを主催してくれた空手マンのおばあちゃんがこれ又凄かった。

兎にも角にも、

 “マンジャーレ、マンジャーレ !!”

なのであった。


“おばあちゃん、もうお腹一杯だから、ありがとうもういいよ。” と言っても (勿論イタリアの彼に通訳してもらっている・・・) 


“マンジャーレ、マンジャーレ !!”

なのであった。


不思議なものだ。


遠い外国に居るのに、外国のおばあちゃんと話ししているのに、何を言っているのか良く分からないのに何の違和感も無い。まるで、オキナワのオバアと話しをして居るような錯覚さえ感じる。


  〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜



あれから14年。そのおばあちゃんが90何歳で亡くなったことを、先日イタリア、シシリーのセミナーから帰ってきたポリスマンのT氏から聞かされた。(合掌) 

(ノ_・。)


◆◆2009年12月道場竣工予定 ◆◆道場開き2010年1月 

所在: 沖縄県那覇市金城エリア
概要: 重量鉄骨1F、トイレ・シャワー・更衣室&庭&駐車可
定員: 児童20名、一般10名
 

  • 2009.07.25 Saturday
  • 00:49

english

do not eat by karate

In the room of second floor Miyazato Sensei usually said us,

“You should not eat by karate.”

“The job and family are very important and karate is third or forth.”



It is very strange, recently I have often remembered Eiichi Sensei.

Frankly speaking, I did not think much about Sensei when he was alive.

Whenever I went the dojo I could meet sensei and trained under him.
I did not know that was very wonderful,very lucky.

I have understood only after loosing.

Ten years have been passing after sensei’s death.
Since then in Jundokan many things have happened.

I could not help understanding his greatness in these ten years.



◆◆STARTING JUNDOKAN SHIBU DOJO ◆◆

Location: Kanagusuku ,Naha City, Okinawa
(by ten minutes walking to Monorail Oroku Station)
Structure: One story steel frame
Starting training: Jan. 2010 ( in plan)

Honbu Dojo : Okinawa Gojuryu Karatedo Sohonbu Jundokan

  • 2009.07.23 Thursday
  • 22:37

空手karate

栄一先生

道場2階の応接室で先生が我々に言っておられたことを、何故か最近良く思い出す。


「イッター ティーシェー ムノー カムナヨーヤー」


「シグトゥトゥ カテイ ガル イチバン デェージ、ティーヤ サンバン ヨンバン ドゥ ヤンドー、 ワカイラヤー」


不思議なものだ。

当然の事だが、道場に行けばいつでも先生には会えた。先生から小言も大分頂いた。叱られたことも一つや二つなんてものでは無い。

正直のところ、先生の存命中は、之ほど先生のことは考えなかった。


先生が亡くなられて、もう10年になる。亡くなられてから順道館にもいろいろなことがあった。

本当に先生の凄さ偉大さを、この10年思い知らされた。  m(__)m
  • 2009.07.22 Wednesday
  • 22:24

空手karate

我が師 栄一先生

栄一先生のカメ〜攻撃

練習後は良く我々に2階から声を掛け、一寸休みなさい、とか、食べてから帰りなさいとかで、食事やビールをご馳走してくれた。


魚天ぷらが良く出た。

先生は、我々に「君の住んでいる ・・・では、こんな美味しいもの食ったこと無いだろう。遠慮しないで食べなさい。」とよく言っておりました。

ところが、玉には、あれっ !? と思うような場合があったのです。

            ・
            ・
            ・
            ・
            ・

そうです、少し傷んでいたのです。 ァハハ・・(^д^;)

先生は先生で「ヌ〜ガ、ヘーク、カメ〜 カメ〜 」とせっつくのです。


でも、そんなこと先生には一言も言えません。おまけに全部片付けなければなりません。

おわかりですネ。こういう場合こそ後輩の出番です。 (^_^;)

帰りは全員、ありがとうございました。ご馳走様でした・・・でした。



◆◆2009年12月道場竣工予定◆◆道場開き2010年1月 

所在: 沖縄県那覇市金城エリア
概要: 重量鉄骨1F、トイレ・シャワー・更衣室&庭&駐車可
定員: 児童20名、一般10名

 

  • 2009.07.19 Sunday
  • 10:43

道場建築

あ〜痛し痒しの道場建築

正に苦渋の決断であった。

之まで何十年もかけて育ててきた(?)(勝手に育った?) 我が庭の木達には誠に済まないと思う。 庭に建てる他、選択肢は無かった。 

未だ工事は始まってはおりません。現在申請中です。うまくいけば8月には着工できます。)  v(o^_^o)v



玄関口からの様子

玄関口



庭の主様
庭の主?



そして2階からの眺め

2階の寝室から



なんとなんと、4月ごろの話です。

玄関前に写真のように2羽の小鳥がじっとしているではありませか。

早速、パチリパチリと(いや、最近はガシャ〜ンか?)記念に撮りました。


庭の二羽の小鳥 なんちゃって。。。 (^_^;)


庭の二羽(niwa no niwa no) 小鳥


二羽の小鳥


朝は鳥たちが五月蝿いぐらいにさえずります。


カケス、メジロ、雀、鳩、そして一番五月蝿いのが台湾シロガシラ。

彼らの糞もすごいんですヨネ。

おかげで マイカーは毎日惨憺たる有様です。 (´д`)ハァ〜


ところで、ここ2、3年思うのですが、蝉の鳴きだす時期が遅くなったような、そしてニイニイ蝉の鳴き声が聞こえなくなったような・・・気がします。


ともあれ、庭の木達には事あるごとに声掛けをして詫びて、了解を得るよう努力しております。移せるものは何とか移してもらうよう業者に掛け合います。


 

  • 2009.07.19 Sunday
  • 08:49