空手は手段 稽古を通して何を得るのか

  • 2015.02.12 Thursday
  • 00:02


沖縄の伝統空手は確かに素晴らしい。正にその通り。然れど、所詮空手は空手術は、それぞれの目標、目指すものの手段でしか成り得ない。


要は空手の稽古を通して何を得るか、何を体感体得するのか道場主や仲間、先輩後輩との触れ合いの中から、何を得、何を与えうるのか。




流派を問わず、かつて長老たちが口癖ように言い、そして伝えてきた、「型(形)をやりなさい。型(形)をやりなさい。」


この歳になり、今更ながら実感する。沖縄の伝統空手の真髄は型(形)に在る。型(形)を通しての生涯武術である。いや、型(形)あってこそ生涯武術と成り得る、と私は思う。


何十年何百年と連綿と受け継がれてきた、伝統芸術芸能と言われているものの多くが、頑なに型を守り伝えている。


型(形)から入り、徹底して型(形)を身体に馴染ませる。そして次の段階に上る。それは年を経、肉体年齢が衰えても続く。 「守・破・離」の世界だ。


(注:大分前に掲載した記事を若干修正しアップしました)


 
コメント
「守、破、離」・・・師と弟子のかかわり方ばかりでなく型にもかかわりが出てくるのですね!
  • 徒手空拳
  • 2015/02/13 4:49 PM
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