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空手考

型始めの姿勢

 

以下は沖縄伝剛柔流空手道(宮里栄一著)からの転載である。

 

 

演武開始用意の姿勢(p85-86)

 

昭和二十年(戦前)までは、直立して結び立ちの姿勢から両手を前で交叉して立ち、平行立ちになりながら両手を握りしめつつ体側(両もも)の外に手の甲を外側へ向けて立った姿勢から開始した。

 

 

(旧の姿勢)

 

 

昭和二十三年より宮城先生によって直立して結び立ちの姿勢で両手を前(臍下)で交叉したままの姿勢から演武を開始するように改められた。

 

(改めた姿勢)

 

 

結局、形を終わったときの姿勢と始めるときの姿勢を同一に改めた。

 

終戦後の食糧難・交通・通信不便のため徹底することは困難であった。

 

 

・・・・・・・・・・・・

 

 

大和を始め沖縄県内の多くの剛柔流系の道場で、平行立ちから始まるのを見て、単純に「そうなんだ。平行立ちから始めるんだ!」ぐらいにしか思わなかった。当時もそうだが、沖縄県内の規模の大きい大会でもやはり、開始姿勢は平行立ちだった。

 

しかし、十数年前、先生の本を読み返した時、「ああ そういう経緯(いきさつ)があったんだな」と、その時納得した。

 

 

我が人間塾では伝承型の開始姿勢も、宮里先生の教えを踏襲している。(但し、参戦する大会競技会により規制があればそれに準ずる)

 

 

 

 

 

 

  • 2017.06.02 Friday
  • 19:00

空手考

型の表記や呼び名などなど、あれこれ

 

先日のコメント欄にも書いた「セイユンチン」からの連想である。

 

 

門派会派や道場によっては制引(弓)戦、征遠鎮と書いて、セーユンチン、セイエンチンと呼んでいる。(恐らくはもっとあるかもですが・・)

 

 

因みに、来年開催予定の「沖縄空手国際大会」では、おそらく那覇手系は漢字表記はなく、「セーユンチン」「セーエンチン」の併記になると思われる。(注:大和にも那覇手系が伝わり門派はできたが、沖縄では那覇手系(ナーファディ)といえば、通常は剛柔流のことをいう。)

 

 

 

大体、空手の型の漢字表記や呼び名は、幾通りもあり何が正しくて何が間違いかではない。表記、呼称、そして演武も結構、異なる。

 

本来、沖縄においては型の漢字表記(当て字)は無かったわけで(型の呼称しかなかった)、それが大和に伝わり、漢字表記され、そして時を経て多くの先生方を介するうちに変わってきた、というのが実状だろう。

 

 

そういう意味では、型(古伝、伝承型)の名称に限らず、四股立ち、猫足立ち、前屈立ち、上段受け、外受け内受け、手刀、掌底、足刀蹴り、などなど、立ち方や姿勢、或いは技の呼び名など、大和からの輸入、借りたものだと思われる。

 

大和に伝わる前のウチナア―、リュウキュウでは、ここはこういう風にやるとか動くとかで、指導或いは説明していたのではないか。

 

 

 

さて、ハナシを制引戦に戻して。。。

 

この型は我が剛柔流では唯一、蹴りが無く、又、四股立ちの多用及び連続動作が多く鍛錬型といわれている、ということは何度か述べてきた。また、先生方の「老い」を判断する一つの目安ともなると・・・。(四股立ち連続動作での激しいアップダウン。小生含め剛柔流の・・・)汗

 

 

(制引戦での四股立ち下段払い。キャプチャー)

 

後、何年、いや、幾つまで、この姿勢で型ができるのか? 楽しみである。(^_^;)

 

 

 

ところで、道場への入門後、幾つかある型を修得していくわけだが、門派や道場によってはその順序が多少違う。

 

例えば、かつて小生が通っていた「宮里道場(順道館)」では、ゲキサイイチ、ニ、サイファーの次に、このセイユンチンを稽古させられた。そして、この型を修得しないと初段は受けさせてもらえなかったのだ。尤も、当塾では考えがあり、多少順序は替えている。

 

 

  • 2017.05.24 Wednesday
  • 10:12

空手考

難儀は若いうちに・・・

 

「てぃーぬ なんじや わかさるうちに しーびーちーどぅ やる」

 

 

沖縄の伝統的な空手を修得するには、その流派或いは道場に伝わる稽古法や鍛錬法を時間をかけ、師より真摯に学ばなければならない。

 

 

初心者を前提として考えると、一定期間、スポーツ空手と伝統空手を稽古している者同士、試合をさせれば余程のことが無い限り、スポーツ空手の者には勝てないだろう。

 

スポーツ空手と伝統空手では、その目的趣旨が違う。となれば、当然その稽古鍛錬方法も違ってくる。

 

 

誤解しないでほしいが、どちらが優れているというものではない。立つ位置が違うのである。

 

 

 

 

ただ、スポーツ空手や競技中心の空手家としての寿命は短いと、謂われているのも事実だ

 

 

歳老いても空手を続けたくば、若いうちにしっかりと基本を鍛錬し難儀すべきである。歳を経てから基本を修得しようとしても、肝心の身体が追いていけないのだから。。。(基本については「基本が大事?」を参照されたし。)

 

 

 

  • 2017.04.07 Friday
  • 14:23

空手考

基本が大事?

 

 

「基本が大事」とはよく耳にする言葉である。所謂、建造物でも土台がしっかりして初めて、それは建つ。そうでなければ、砂上の楼閣である。

 

 

しかし、空手を始めたばかりの者にとって、言葉そのものは師に言われ、「あ〜そうか」と分かったつもりでも、本当に理解するには時間がかかる。

 

 

師の教えに素直でない者は「何でこんな練習ばかり時間をかけるんだろう?」と内々不満を持ち、全力で取り組まない。師を信頼し、追いていく心構えがないと、伝統的な沖縄空手の鍛錬稽古の意義意味は分からない。

 

 

 

 

その動きを時間をかけ身体に練りこみ、その動き意味を理解し、そして活用していく。

 

 

例えば、沖縄剛柔流なら、予備運動や器具及び補助運動、そしてサンチンで身体をつくり、型の鍛錬修得及び用法技法の探究に入っていく。その鍛錬過程で気付くものは気づく。「なるほど」と。

 

 

 

※ 因みに、画像の玉無しタマちゃんには何の意図もございませんので、あしからず。(-。-)y-゜゜゜

 

 

  • 2017.04.05 Wednesday
  • 13:49

空手考

合気道

 

 

合気道教室に一年ほど通ったことがある。6年ほどまえのことだ。

 

ご承知のように、我が剛柔流空手には接近戦に用いられる技が多数ある。合気道から学ぶべきことが多々あると考えてのことだった。

 

 

 

 

 

 

剣道、柔道、そして空手は競技・試合をすることで普及発展してきた。空手には、「スポーツ空手とか武道空手」とか言われることはあるが、「スポーツ剣道、スポーツ柔道」とはあまり聞かない。考えれば奇妙ではある。(くどいようだが、沖縄の伝統空手の普及は大和のそれとはやや異なる。)

 

 

 

さて、武術の中で唯一、競技試合をしないで普及発展したきたものがある。それが、合気道であり少林寺拳法である。

 

 

私が驚いたのは、その指導法というか稽古の方法である。

 

 

指導員のもと基本動作を暫く行い、そして先生の指導が入るわけだが、先ず先生の訓話というか講釈が始まる。そして皆の前で技を一つ披露する。それを見て、弟子達が相手を見つけ二人で稽古を始める。

 

止めの合図で又、正座して訓話を聞く。(これが実に長い。ゴムマットの畳とはいえ10分から15分は長い。)その後、技の披露。このパターンを繰り返す。

 

 

私が通ったのは一か所だけであり、他の合気道の道場がどうなっているのかは知る由もない。ただ、やはり合気道は「良い」と思う。

 

一つ気になると云えば、道着(胴着)だ。道着の生地が柔道のように厚い。黒帯だと袴を着るやもしれぬが、着脱が大変そうだ。沖縄では暑い。

 

 

 

沖縄の伝統的な空手道場の稽古法とは「随分、違うなあ」と思った次第である。

 

 

  • 2016.12.13 Tuesday
  • 11:15

空手考

空手

JUGEMテーマ:空手道


強くなるために空手の世界に飛び込んだ。


若い時は強くなることに憧れそれを求めてきた。


歳を重ねていくうちに「強さ」が「生涯続けたい」に代わっていった。



そして今の私が在る。


今現在も私が在るのは一つには「型」のお蔭である。


恥ずかしながら若い頃軽んじてきた「型」のお蔭である。


もうひとつは空手を続けたいとの想い、その想いをより強固にする為、そして己を追い詰めるために「人間塾を立ち上げた」ことにある。





空手ときってもきれない環境に今私は居る。



生きる上でその人の支え、或いは生き甲斐なるものは、それはそれで多種多様な手段や方法があるだろう。


私にとってはそれが「空手」だった。「沖縄の剛柔流空手」だった。


今にして想えば、やはり出会うべくして出会ったのであろうか。






人間塾の空手は正に「人間」「塾」と謳っているとおり、「人生哲学」であり「人間教育」である。


 
  • 2016.03.27 Sunday
  • 18:24

空手考

習いごととしての空手(続き)

JUGEMテーマ:空手道

昨日の件の記事に関連がある、と思われた新聞投稿欄からの記事を紹介したい。(面白いものですね、偶然とは・・・?)



(琉球新報 2/27)


昨日も書いたのだが「継続は力なり」で、兎にも角にも続けること。続けることで見えてくるものがあるはずである。

意志と行動。通常は意志が先にあり、次に行動を起こす。が、行動を続けることによって、そのスランプややる気のなさ、を超えることがある。

意志と行動の例でよく引用されるハナシがある。普通、嬉しい時や面白い時、我々は笑う。だが、気分が落ちこんでいる時、無理してでも笑い続けていると、その落ち込んだ状況から解放されることがある。(人前では xx と思われるので、身近に誰もいない所で実行するしかないのですが・・・)



さて、同新聞からも一つ「健康に関する話題」を抜粋引用。

40歳で運動すると・・・

認知症予防に役立つ?

”中年期に頑張って運動すると、認知症を予防できるかもー。米ボストン大などが、四十前後の時期に身体能力の高い人は、老化に伴う脳の委縮の度合いが小さいとする研究レポートを発表した。脳の委縮は認知症の原因とされる。・・・”


詳しくは、今日の琉球新報をご覧になって頂きたい。が、私からすると「継続的な運動が心身の健康健全に良い」ということは、経験則で知っていることだ。





(少年少女の部) 火・木
Aクラス 17:00〜18:20 Bクラス 18:40〜20:00


 (一般の部) 
月・水 19:30〜22:00      
HPもご覧ください   


 
  • 2016.02.27 Saturday
  • 10:30

空手考

習いごととしての空手・・・ではあるが・・・

JUGEMテーマ:スポーツ
JUGEMテーマ:空手道

どのような習い事、芸事、スポーツをやっていても必ず何度か遭遇する壁があります。所謂スランプとも言われているものです。面白くない、何だか行きたくない、楽しくない。・・・最悪の場合、辞めたい、辞める、に行きつきます。

次のような格言があります。「馬の首に縄をつけて水飲み場まで連れていっても、馬にその気がなければ飲ますことはできない」。 それと私の好きな言葉ですが「継続は力なり」です。

この二つは一見、相反するようですが実はそうでもないのです。やる気がない楽しくない或いは折れる気持ちがあったにしても、耐えて続けていけば結果は出るし、続けなければ結果は出ません。何だかんだ続けているうちに、ある時期その壁を乗り越えることがあります。いわゆる達成感です。アップダウンのその繰り返しを続けているうちに好きになって続けていくのです。







ところで、子を持つお母さんお父さん方は(沖縄伝統)空手道場に何を望むのでしょうか。何を期待しているのでしょうか。自分の子どもに礼儀礼節を学んでほしい。自分に自信をもってほしい。心と身体を鍛えてほしい。いじめられるような子になってほしくない。いじめるような子になってほしくない。沖縄の伝統空手というものを学んでほしい。大方がそうではないでしょうか。


さて、ここでもう一度確認しましょう。本来の空手道場はあくまでも武術としての空手の稽古や鍛錬をするところです。子供たちへの指導法は大人と違うにせよ、それでもお友達クラブではありません。お遊戯クラブでもありません。


稽古中、子供たちによく言うことがあります。「此処はお家ではないよ」「学校ではないよ」「空手道場だよ」「君たちは何しにきているの?」・・・。


入門当初は何もわからないので、興味をもって只先生(私のことですな)の言われるがまま動きます。仲間同士でわあわあやっていきます。しかし、時間がたつにつれ稽古の質も上がりメニューも増えていきます。それがうまく出来れば良いがなかなかできない場合がある。他の仲間は良い線いっているのに・・・。


或いは何でかわからんけど先生に叱られた。面白くなくなる、楽しくなくなる理由は探せば各人各様幾らでもあるでしょう。止めることはいつでもできます。只、その止める理由が問題なのです。その状況状態から只単に逃げるがための退会であるなら、いつか又どこかで同じことを繰り返します。


時には、休むことも必要でしょう。無理して親が子供に強制する必要はありません。只、ひとつだけ言います。継続して長く休ませてしまうと99%は辞めます。10日に一度でも良い。2週間に一度でも良いのです。道場に行かせることです。


(このブログは昨年アップした再掲記事です)


 
  • 2016.02.26 Friday
  • 18:39

空手考

撃砕四 始動



今年の三月に「撃砕三」そして九月に「撃砕四」を完成させた。「撃砕三」は一と二より、やや難易度を高くして、「撃砕四」はその一から三までの型「撃砕」の集大成ようなものにしたつもりだ。


その「撃砕四」を、今日初めて少年部の緑帯、茶帯クラスに披露し指導した。前にも述べたことがあるが、子供たちは実に覚えるのが早い(順序や表層的な動きではあるが・・・)。以前、一般部で指導した時は、やはり中学生の若いT君がものにするのが早かった。


撃砕四 特訓 (6).jpg


撃砕四 特訓 (4).jpg


撃砕四 特訓 (3).jpg


ご承知のように、撃砕の型は宮城長順先生が、当時の我が国の時代背景のもと、学校での普及を目的に創案された。剛柔流の伝承型である「砕破」以降の型とは随分違う。初心者が動きやすく覚えやすいように、主として直線的な動きをベースにしている。重ねて言うなら、撃砕一を少しアレンジして創られた「普及型二」はより直線的である。
 

人間塾のオリジナルである「撃砕三と四」も「撃砕一、二」と同様な考えで創案した。(敢えて申しますが、小生の武才では、南派少林拳の流れを汲む剛柔流伝承型のようなものを創案するには、まっこと、とてもとても・・・とんでもはっぷん・・・なのであります)汗 m(__)m



(※追記:撃砕三と撃砕四は、後日、基本型小と基本型大に改題されました。)


 
  • 2015.10.31 Saturday
  • 16:17

空手考

撃砕四 完成



揚々、創作型「撃砕四」が形を成した。前作の「撃砕三」は意外な程すんなりできたのだが、今回はかなりの試行錯誤を要した。
「撃砕三」については、3月13日の記事を参照されたし



演武線.jpg


「撃砕三」の演武線は「撃砕二」と全く同じだが、今回の場合はかなり異なる。


動作は「撃砕三」同様に、宮城長順先生が体育的普及と時代的背景(1940年頃)を意図して創作された「撃砕」をベースにしている。


当時の「撃砕」の普及手段及び対象は、学校中等部(今でいう高校ぐらいか)での学生だったようだが、75年を経た現在では、小学生、ましてやそれ以前の児童がその初心者用の型を「エイヤッ」とばかり、(一応は・・・)普通にこなしている。


剛柔流流祖の宮城先生も、さぞや、あの世で驚きつつも喜んでおられるのであろう。^_^;
(続く)
 
(※ 撃砕三は及び撃砕四はその後、基本型小と基本型大に改題されました。)





 
  • 2015.09.30 Wednesday
  • 16:59